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嘘つきにしかなれない
2008/01/15(Tue) 16:43:27
親はこどもに嘘をつく。
これはもう、人が言葉を持ち始めた時から連綿と続く宿命と言うか業のようなもので、誰に責められることでもない当たり前のことだ。
親に「あんたは本当の子じゃない。橋の下で拾ったんだ」と告白される冗談は百万回でも話題に上る。
かくいう私も、おおきな嘘を、父から受けた。

小学校低学年のクリスマス。
母は近所のケーキ屋でワンホールのケーキを買ってきた。
テーブルにはシャンメリー、鳥のもも肉、クリームシチュー、サラダ、ごはん(確か)。
当時の実家のカーテンはグリーンだったので、否が応にも我が家のクリスマスムードは盛り上がる。
ケーキを冷やしていたドライアイスをコップにいれ、もくもくと霧がテーブルを包む。
わたしも弟も、多分それなりに盛り上がった。
ご馳走がある。この後ケーキも食べられる。その上プレゼントがある。
やがて、コップの中のドライアイスは溶けきった。
そして、ただの炭酸水になったそれを、私は三ツ矢サイダーと勘違いして一気に飲み干した。
当時7つか8つのわたしは、甘くない炭酸水を口にしたことがなかった。
ただ口の中がしゅわしゅわとおぞめく。

人間が一番驚くのは、予想外の味が口の中に入った時だ。
オレンジジュースと間違えて油を飲んだ時も、同じビックリを味わった。
これは、断じてわたしが馬鹿だったからとかじゃなくて、母がシャンメリーの空き瓶に、鮮やかなオレンジ色の油を詰め替えていて、シンクの上に置いておいたからだ。
甘いものに飢えている小学生は、甘そうなものはとりあえず口に入れるのだ。
これは世界の法則だ。
同じ理屈で道ばたのクローバーを食った私が言うんだから間違いはない。
クローバーって甘そうじゃないか。案外酸っぱかったけど美味しかった。茎が。
オレンジジュース色の油は、2度喉を鳴らした時点で気付いた。
その後はぬるつく食堂を、とにかく水で薄めようとひたすら水を飲んだ、ような気がする。
母にこっぴどく怒られたことしか憶えていない。

まあそれで、「ドライアイスが溶けた炭酸水」をコップ一杯一気に飲み干すまで異常に気づかず、飲み干した後、脳みそが舌の感覚について行けなくてしばし放心状態になった、痛い小学生のわたしを、父はひどく深刻な顔をして見つめていた。

父「どうした?」
わたし「なんか変なもの飲んだ」
母「なに?」
わたし「これサイダーじゃないの?」
母「どこにあったのそれ」
わたし「そこ」
母「あんたそれ、ドライアイスが入ってた奴じゃないの」
父「陽子!」

父の声は存外大きかった。
父は滅多に自発的に声を出さない人だったので、わたしは驚いて父を見た。

父「陽子、オマエ、死ぬぞ」

父はきわめて真剣に、わたしにこういった。
父曰く、ドライアイスは猛毒で、その溶けた水を飲んだ奴は、30分以内に死ぬ、ということらしい。
わたしはその瞬間、7年だか8年の短い生涯を思った。本当に思った。
それでも父は冗談の好きな人で、よくわたしや弟を嘘でからかっていたし、これもその父の好きな冗談の一つだろうとタカを括れたのはほんの一瞬。
わたしは青ざめて、本気で父に「嘘だよね?」と詰め寄った。
父は助からない重病患者を前にした医者のごとき面持ちで「残念ながら」みたいなことを口にした。
記憶にない。すでに頭はパニックで、父の表情だけですべて悟ってしまったから。

ここから母のリアクションの記憶がない。
あまりの形相のわたしを見て、多分笑いをこらえて退席したんじゃないかと思う。
ここから先の自分のリアクションの記憶もない。
口に指を突っ込んで吐こうとしたのか、母に泣きついたのか、幼い弟を道連れにしようとしたのか、とにかく父から「嘘だ」と言われるまで、嵐のようなパニックがわたしを襲っていたからだ。
それからどうやって自分が落ち着いて、どうやって寝たのか、やはり記憶にない。
憶えているのは、布団に入ってからも、どうも本当のような気がして身震いしたり、翌日母に「わたし死なないよね?」と恐る恐る聞いたりしたこと。
クリスマスの2日間は散々だった。
今思えばその時が、人生で初めて「自分は死ぬんだ」ということを考えた時だったと思う。

その嘘も20年経った今は、笑い話だ。
実家の父との酒飲み話でも話す。
これがまた父が全然憶えてなかったりしてむかつくんだ。
父は相変わらずわたしをからかう嘘をつく。
わたしに父の嘘はもうあまり通じない。
たまに通じても泣いたりはしない。
父は多分、わたしの泣き顔を見るのが好きだったんだろうなぁ。

とにかくたくさんの嘘を父に吐かれ続けて、わたしはひねくれまがった嘘つきに育った。
今、それを描くことを生業にしようとしているのだから、これはもう父のせいだ。
と言っておこう。

わたしは多分、自分のこどもに嘘をつく。
からかう嘘や、きれいな嘘や、優しい嘘、本当の嘘まで、たくさんの嘘をつく。
嘘は親の宿命であり業であり、悲しみを含んだ楽しみだからだと、思うのだ。
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